未来の価値

第 5 話


バトレーと親衛隊を含む軍人が、シンジュクゲットーの件で奔走している中、クロヴィスの私室へ案内されたルルーシュは、入浴と着替えを済ませ、クロヴィスが差し出した資料に目を通した。
それはあの日、マリアンヌ后妃が殺害された事件に関する資料。
信憑性の薄いものが大半ではあったが、その情報量は驚くべきものだった。手に入る情報を全てまとめたのだと、見ただけで理解る。クロヴィスとバトレーが本気で調べていた事も、そこから伝わってきた。
ルルーシュは、資料に目を通しながら無意識に左目に手を添えていた。クロヴィスとバトレーに、ルルーシュの事は誰にも口外するなと命令しただけで、ギアスはまだ使っていない。
あのクロヴィスの涙はすべて嘘で、今頃皇帝に全てをばらしているかもしれない。バトレーは実は皇帝がクロヴィスにつけたスパイかもしれない。あるいはクロヴィスの保身を考え、バトレーが独断でルルーシュを売る可能性もある。この資料も、ルルーシュの生存の可能性を考え、用意しただけのものかもしれない。
クロヴィスが泣き出したことで完全に混乱していたルルーシュは、ようやく冷静さを取り戻すと、自分の甘さと失態に舌打ちしながらも資料をまとめた冊子をめくり続けた。
クロヴィスを殺す決意を胸に秘めあの場に行ったのに、クロヴィスのペースに巻き込まれ、殺すどころか敵の本拠地である政庁に今居る羽目になっている。
とはいえ、ルルーシュの同意があっての移動のため、監禁や軟禁ではない。監視の目はなく、ギアスがある以上逃げる事はいつでも可能だ。クロヴィスを傀儡にする手も残っている。
そうだ、勝手に帰らないでくれと必死に言い募るクロヴィスに絆されたわけではない、次の手を打つためにも、接触しやすいこの場所にいるだけ。だから、本来であれば持ち帰りじっくりと読みたい山のような資料に今目を通しているのだ。
もし、彼らの話を信じるならば。
クロヴィスは、バトレーと親衛隊を使い、秘密裏にあの事件の情報を集めていた。既に時間が経過したため、新たな情報などもう出ないのだが、それでもクロヴィスはあの事件の真相を知りたいと、こうして資料も手元に置いている事になる。
信じられない、いや、信じたくはないが、クロヴィスがエリア11総督となったのは、自ら希望したからだったという。そしてその理由は、ルルーシュとナナリーの遺体を探すため、だという。ブリタニアでは、ルルーシュとナナリーは、悲劇の皇族として有名で、戦争前に帰国させようとしたところ、日本人の手によって阻止され、嬲り殺しにあい、死体も何処かに隠されたという話になっている。死を偽装したがそんな話は流していないため、二人の死を皇帝が自分たちに都合のいい形で公表した事は容易く想像できた。どうしても政治的に利用した上で殺したかったのかと、ますます憎しみが募る。
バトレーの話では、それを知ったクロヴィスは、数カ月の間ひきこもったそうだ。片親だけとはいえ、血のつながった弟と妹が殺された。クロヴィスの中では、ルルーシュとはとても仲が良かったという事になっていて、愛する弟と妹をイレブンが殺した事を恨んでいた。だから復讐も兼ねてエリア11の復興をわざと遅らせていたのだという。
その内容にルルーシュはぷつりと切れた。

「ふざけるな!俺を殺そうとしたのは皇帝だ!迎えをよこした?帰国させようとした?嘘をつくな!!SPは開戦直前に帰国していたがっ!俺たちはそのまま捨て置かれた!腐敗した屍が埋め尽くす道を、俺はナナリーを背負い、スザクと共に歩いたんだぞ!第一、日本にやってきた暗殺者もブリタニア人だ!いいか!俺たちを守ってくれたのは俺の親友の日本人だ!!」

流石にこれにはクロヴィスも驚いた。
聞いていた話とは全く逆の内容。だが、当事者であるルルーシュの言葉が嘘とは思えなかった。さっと顔いろを悪くしたクロヴィスは、ルルーシュの手を取った。

「詳しい話を聞きたいから、今日はここで休みなさい。資料もここで読みなさい。いいね、私が戻るまで帰ったら駄目だからね」

しつこいほど念を押され、私室に通され今に至る。
ナナリーに連絡をしたいところだが、盗聴の恐れがある以上無理だ。
毒ガス少女の遺体の事も、スザクの事も、気になる事は数多くあるが、下手に動くわけにもいかない。
下手に帰れば尾行され、ナナリーの居る場所を知られてしまう。
・・・アッシュフォードの制服を隠してきて正解だったな。
そう考えながら資料を読みふけっていると、ノックの音がした。
今いるのはクロヴィスの私室の奥にある寝室。
クロヴィスが許可したもの以外入れないはずだが・・・。
返事はせず、相手の出方を伺った。

「ジェレミアと申します。クロヴィス殿下の命で参りました」
「・・・入れ」

扉が開き、緊張した顔をした青い髪の軍人が「失礼いたします」と、頭を下げて寝室へと足を踏み入れた。そしてその男の後ろから室内に踏み入れた人物に、ルルーシュは声を無くし驚いた。

「無事だったようだな、ルルーシュ?」

淡々とした口調で言ったのは、あの時目の前で額を撃たれ死亡した、緑の髪の少女だった。


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